Oct.24 of Blue Hour


平取ダムへの道…2009.10.24(Sat.)オサツ川.jpg

二風谷ダムは完成後10年あまりで砂に埋もれようとしている。

オプシヌプリ.jpg
二風谷ダム裁判の原告として
画期的な「違法ダム判決」(1997年札幌地裁)を
勝ち取った貝澤耕一さんを訪ねる。
判決後、ぼくは転勤もあって
二風谷(にぶたに)から間遠になっていた。
その間に、「違法ダム」の上流に
もうひとつのダム(平取ダム)計画が進んでいたが、
今回の政権交代によって
(八ッ場ダムと同じように)
本体の着工が凍結されることになった。
ぼくがほとんど知らない
この十年の動きを貝澤さんに聞く。
午後は奥さんの美和子さんが
軽トラで平取ダムの予定地まで案内してくれた。

右の写真は
沙流川にカンカン沢が合流する地点のダム湖の風景。
正面に見えるのはオプシヌプリ(穴あき山)である。
夏至には、
山の窪み(明治の頃まで上に岩があって、まさに「穴」だった)に太陽がすっぽり入るという。
水面から草(葦?)が出ているのが判ると思うが、
それだけダム湖が浅く(せいぜい水深数10cm)なっている証左である。
堆砂.jpg

こちらは、荷負のダム管理橋からの風景。
平取ダムができる額平川との合流点に近いところだ。
堆砂がダム湖を覆っている様子が窺える。

沙流川の古名はシシリムカ、
アイヌ語で「砂が詰まる川」といった意味である。
やはりダム裁判の原告であり、
アイヌ民俗学者でもあった萱野茂さんによれば、
アイヌの古老の話を聞いた和人が
「沙(すな)流川」の字を当てたもので、
ずばり「砂流川」と書いた古文書も存在するという。
萱野さんは
この川にダムを作っても
すぐに砂に埋もれてしまうと予言していたが、
その通りになってしまったようだ。

地質学者など専門家からも同様の指摘があったが、
ダムの建設にあたった北海道開発局は聞く耳を持たなかった。
その結果が、
当初計画の100年分の堆砂がわずか5年で溜まってしまうという今日の事態に至ったのである。
ダムの容量は既に当初の半分にまで減ってしまい、砂はいまも溜まり続けている。
このままでは、洪水時などにはかえって危険な存在になってしまいそうだ
埋まるダム湖.jpg

額平川の流域はとても美しいところだった。

幌尻岳.jpg
荷負本村の高台から額平川の上流部を望む。
正面やや左側に雪をかぶって見えるのが幌尻岳である。
山や川、木などの自然を神(カムイ)として崇拝をしていたアイヌの人々にとって、
ポロシリ(大きな・土地=山)は沙流川流域でも最も重要なパセカムイ(位の高い神)である。
この幌尻岳に源を発する額平川は流域に豊かな自然を育んで流れている。
額平川.jpg

ここが平取ダムの建設予定地。
堤体が作られる場所から上流側を見たもの。
写真では判りにくいが、
右側から宿主別川が合流している。
ダムが出来れば、
このあたりはすべて水没することになる。
「額平(ぬかびら)」とは、
アイヌ語のノカ・ピラ、
「形象のある・崖」からきた地名で、
その名の通り、
流域には特徴のある崖の風景が広がっている。
そうした場所が
アイヌの人たちが祈りを捧げる対象、
チノミシリ(我ら・祭る・ところ)となっている。
チノミシリ(木立越し).jpg


右はダム予定地で撮った写真。
木陰に見える岩がチノミシリである。
アイヌの血を引いていないはずのぼくも
見た瞬間、
これがチノミシリであることを直観した。
それだけ、
やはりちょっと違った雰囲気、
神々しい…というとちと大袈裟だが、
どこか拝みたくなる雰囲気が漂っている。
ダム予定地とチノミシリ.jpg

橋が架かっているところにダムの堤体が建設される。
奥に見えるチノミシリは裾の部分がダム湖に水没し、
信仰の場であった景観が一変してしまうことは間違いない。

日本人(和人)の場合、
信仰の対象は神社や寺などの建造物なのでわかりやすいが、
自然崇拝の民族であるアイヌにとっては「景観」そのものだ。
そんなものに一々配慮していたらダムなんて作れない、というのが開発局サイドの本音だとは思うが、
こうした異民族の文化に対する無知と無神経、
もっというなら無意識的な抑圧こそが二風谷ダム裁判で厳しく弾劾されたのである。
チノミシリ.jpg



チノミシリの全景。
たぶん左側に見える岩の頂きも
別のチノミシリだろう。
そういう気配が漂っている。
こちらは
ちょうど脚部に
堤体が建設されるため、
ダムの建設で破壊されてしまう。

ダム予定地の
アイヌ文化財の調査にあたった
貝澤耕一さんによると、
ダムで影響を受ける
チノミシリが3ヶ所あるという。


荷負本村のチノミシリ.jpg

もうひとつがこれ。
確認したわけではないが、
ぼくには確信がある。
車で走っていて
この風景が見えた瞬間に
チノミシリだと直観した。
たぶん、
荷負本村の人たちの
チノミシリというのがこれだろう。
写真では見えないが、
裾の部分に額平川が流れている。
ダムが出来れば、
足もとを
ダム湖に洗われることになる。


それにしても。
額平=ノカ・ピラ(形象ある崖)とはよくいったもので、流域には印象的な崖の風景が随所にある。
こうした自然景観が、アイヌの人たちの独特の精神文化を形作ってきたに違いない。
自然への畏敬の念を忘れたダム計画は、
そのままアイヌの人たちのアイデンティティの無視ないし破壊でもあり、
「砂に埋もれる」といったかたちで自然の手痛いしっぺ返しを受けているような気がしてならない。
建設中の道路.jpg

ダム予定地の上流では
工事用道路の建設が進んでいた。
人里離れた山奥に
高速道路と見紛うような橋脚がそびえ立っている。
この道路は、
地元のアイヌ協会が
「生活道路として」着工に同意したものだ。

上流の豊糠地区に通う道路は
永年にわたって整備が行なわれず、
写真の土のうが積んである場所など、
ちょっと大雨が降ると
すぐに崩れて通れなくなったものだという。
平取ダムが来年春に着工されることになって、
ようやく道路の整備が始まったのである。
逆に言えば、
ダムの建設が具体化しなければ、
いつまでも放置されていた可能性もある。
高度経済成長期の1973年に始まった沙流川総合開発計画は、
砂に埋もれた「違法ダム」と
戸数10戸に満たない集落に通じる立派な道路一本を残して終わることになるのかもしれない。